選曲の世界に入って、上司に言われたことがあります。それは「サックスの曲は使うな」です。今から30数年前の話です。何故でしょう・・・
当時、選曲の仕事のジャンルとして、アニメやドラマなどのテレビ番組や、ドキュメンタリー作品やイベントなどの他に「企業VP」というジャンルがありました(今もあります)。企業のPRの為のビデオであったり、社員教育用ビデオであったり、社内広報ビデオなどです。音響としてはナレーションと音楽、現場音で構成されるのがほとんどでした。ナレーションバックには音楽が流れるのが基本で、いわゆるBGM扱いですね、感覚的にはナレーションがボーカル、音楽がカラオケといった印象でしょうか・・・。
サックスの曲は、ほぼサックスが主旋律です。しかも目立つのです。おまけにソロをとったりします。趣味で聞くには良いのですが、ナレーションバックに使うとウルさすぎるのです。別の歌を同時に歌うボーカルが2人居るようなものです。どんなにレベルを下げて調整しようとしても、主旋律のサックスだけは主張し続けます(まぁ当たり前です)。「サックスの曲は使うな」の理由の一つは、主役のナレーションを喰うからです。
もう一つの理由は「印象」です。企業VPは、社内だけでなくお客さんにも見てもらう作品が多いので「印象」はとても大切です。ですから企業VPに選曲する音楽は「明るい曲」「爽やかな曲」「躍動感ある曲」などがほとんどです(あとミニドラマの場合のコミカルな曲かな)。ところがサックスには、どうしても「夜」のイメージがありますし、イヤらしさを印象付けられてしまっているのです(もちろん偏見です)。なので企業VPでサックスの曲は嫌われるのです。外国人にはサックスに対する偏見が無いので、海外の音楽ライブラリーにはサックスが主旋律の音源が多々あります。良い曲なのに使えないんだよな〜って思うこともありました。せめてサックス抜きバージョンも作って欲しいと思ったものです。
同じ様な理由でディストーション・ギターも敬遠されがちでした。サックスに負けず劣らず目立つし、ソロをとるし、そもそもロックって当時の企業には野暮な音楽だったのです。とにかくサックスの曲とロックは嫌われ者でした・・・。
では好まれていたのはどんな曲でしょう。
年代によっても違うのですが、まずボサノヴァ。企業VPの仕事ならBGMとして必須のジャンルです。心地よいテンポ感、リズムもおとなしく耳障りが良いし(ドラムもスネアはほとんどリムショット)、メロディーもエレピだったり、とにかく目立つ楽器が無いのがベスト。ボサノヴァを流してNGが出たことはまず無かったですね。新しい音楽ライブラリーが追加されるたびに「ボサノヴァあるかな・・・」と探したほどです。
そしてそのボサノヴァとオーバーラップして登場してきたのがフュージョンです。とにかく日本人はフュージョンが大好き(笑)。ボサノヴァより新しく、都会的で洗練されたイメージが良かったんでしょうね。世間的にも80年代はフュージョンですもんね(トレンディードラマといえばフュージョン)。フュージョンではサックスやディストーション・ギターもメロを歌いますが、企業VPにはできるだけ使いませんでしたが、フュージョンなら多少は許される部分もありました。企業も流行り物には乗るということです。
今はフュージョンを選曲すると、ちょっと古い印象を感じるので私は避ける傾向にあります(とはいえ使いますが)。時代を知っていると余計な知識が邪魔をするんですね・・・もっと素直で良いはずなんですが。今はむしろ「ロックだけで構成して」とか「社長がジャズ好きなので、どんどんサックス使って」とか個性的な企業VPが増えてきました。音楽に対する認識も格段に上がってますし、マニアック過ぎて我々がついていけない事もあります。とはいえ昔の「サックスの曲は使うな」には好き嫌いだけではない、「ナレーションでしっかり伝える」「企業の印象を悪くしない」という意味を持った助言なので、今もその意味は大切にしなければなりませんね。
コメント